リソハチのシムズ4アーカイブ

「The Sims 4」PC版を遊ぶ。

パラノーマルを買う前の物語

始まる前までの話をしよう。

f:id:lithohati:20210125175517p:plain

その2人が、高校をドロップアウトしたのには理由があった。主に洗濯を楽しみたい、動物ともっと触れ合いたい、それから人魚になってみたい(まだ人魚の海藻を食べる勇気は持てていないようだが)、さらにできることならいつかエイリアンにも会ってみたい。彼女らは、そんな好奇心旺盛なティーンだった。

2人は世界が広いことを良く知っていた。まだまだやれていないことがいくつもあった。そして、今ある柔らかい感受性も燃え盛る怒りも、大人になれば失われてしまうことだって知っている。できるかぎり世界を味わい尽くそうと考えたら高校になど行っていられなかったのだ。宿題に追われる毎日はごめんだ。ウフフなんて知ったこっちゃねえ。そして2人は若者になり、Oasis Springsにあった空き区画に忘れ去られた地下室を見つけると、そこを根城に生活を始めた。

f:id:lithohati:20210125183301p:plain

2人は先日まで、品質の悪いバスタブを作ろうと躍起になっていた。木工用テーブルでバスタブを作るには器用さスキルが10必要だった。木工に明け暮れ、彫刻を作ってはヤードセールで売り、家具を作っては売り払っているうちに、お金にだけは困らなくなった。いよいよスキルが10になると、品質の悪い家具を作るために2人はあらゆる方法で自分たちを追い込んだ。「悪い」家具を作るには、コンディションが最悪な状態で木工に取り組む必要があったのだ。それ以外の方法は知らない。そのために死を賭して、スパイスフェスティバルで手に入れたカウプラントベリーにわざわざ食われてみることさえしたのだ。しかし、バスタブの品質は常に「普通」だった。2人は何度話し合っただろう。以前に一度だけ作ることのできた品質の悪いトイレは、実にクールで希望に満ちていた。「悪い」ものだけが持つ、特殊で歪な造形。まだまだ諦め切れない。そう思いつつも、繰り返されるハードな挑戦に2人はいささか疲れてもいた。

f:id:lithohati:20210125184411p:plain

f:id:lithohati:20210125184905p:plain

洗濯は満喫できていると思う。このアイテムパック "Laundry Day Stuff" が小物目当てに購入されたものだということは知っていたが、そのメインである洗濯がまったくできていなかったのは確かなことだ。高い塀に囲まれたこの区画は洗濯をするのに充分なスペースが作られていて、2人は毎日僅かな時間をこの洗濯に充てている。とはいえそれ以上の拡張性もないので、初めの頃のわくわくするような気持ちから、若干作業に移行しつつあるが。

たくさんの犬猫と触れ合いたい、という目的も充分叶えられていた。区画の特質を「犬だまり」「猫だまり」にするだけでOKなのだから容易いものだ。毎日たくさんの野良犬、野良猫が入れ代わり立ち代わりやってきては、帰っていく。健康スナックも充分に用意されているが、今のところ病気の子が来たことはない。そのことを若干訝しく思いながらも、2人はすべての犬猫を愛していた。仲良くなった際に現れる「家族に迎える」の選択肢に、何度も心動かされながら、しかしできる限り平等に接しようと決め、毎日餌を用意して彼らの来訪を心待ちにしている。無責任と謗られようがそれは一向に構わないことだ。

f:id:lithohati:20210125190802p:plain

f:id:lithohati:20210125190856p:plain

憧れのバスタブのために、怪我や捻挫で不快を得ようとわざわざ通っていたウィンタースポーツでは、何度も滑っているうちに想像以上のスキルを習得してしまった。今やそれぞれがいっぱしのスキーヤースノーボーダーである。そもそもこんなやり方で良かったのか反省の余地はあるが、ワカバ地区の金メダリスト一家にガンくれてやれる程度の自信は身につけることができただろう。バスタブと引き換えにできるものではないが、これも価値あるものには違いない。

f:id:lithohati:20210125192202p:plain

f:id:lithohati:20210125192217p:plain

話を戻そう。2人が「霊能探偵」の噂を聞きつけたのは半月ほど前のことだった。それぞれが噂を耳にし、しかししばらくの間、そのことが話題に上がることはなかった。自分たちには関係のない話だろう、そう思っていたのもあるが、今ある目標が未達なのに目新しいものに感心を移してしまう、そのことを何より恐れていたのかもしれない。何と言ってもまだまだ好奇心旺盛な世代。信念を持って不快に挑んできたこれまでの日々を蔑ろにするような、気が散らされるような話題はできるだけ避けたい。気づかぬうちに2人は牽制し合っていた。互いを縛り付けていたのだ。たかがバスタブのために。

そう、たかがいちアイテムに拘泥して何になるというのか。その日、ラランは遂に、食事の場でその話題を持ち出した。

f:id:lithohati:20210125220834p:plain

「聞いた?霊能探偵の話。まあ当然知ってると思うけど」そんな風に、ラランは口火を切った。軽い口調と裏腹にその眼差しには、もう決してこのホットなネタから他に話を逸らさせまいという強い決意が見て取れた。対して青髪の方、アスールは曖昧な笑みを浮かべた。

彼女はまだ決めかねていた。その霊能探偵とやらにしたって、結局またプレイヤーに振り回されるだけ、その対象が変わるだけ。高校をドロップアウトして宿題から開放されても、結局のところまた次の身勝手な責め苦を負わされているじゃないか。アスールは最近そんな風に思っていた。私達は本当に洗濯がしたかったのか。私達は本当にいびつなバスタブを手に入れたいと思っているのか。犬猫のことは愛してるけど。うまく言葉にできず、アスールは言い淀んだ。

f:id:lithohati:20210125204448p:plain

「大丈夫だよ、たかがアイテムパックだよ?」ラランはそう続けた。拡張パックの中でも最も簡易な部類のものだ、何週間もかかるわけない、ちょっと超常現象を体験したら終わりでしょ、いって数日、アスールだってカウプラントに食べられるのは二度とごめんだって言ってたじゃん、きっとちょっとした気分転換にはなるよ、正直私も疲れてたし。

「カウプラントベリーの話はもういいよ。枯らしちゃったし」とアスールは口を挟んだ。あの牛の化け物は恐ろしかったが、骨と化してしまえばそれはそれで悲しい。そうしたくてしたわけではないのだ。ちょっとお腹をすかせたままにしておきたかっただけで。もう彼をなでてやることはできない。「ごめんそれはもう言わないけど」ラランは急いで言った。自分だって寂しくないわけじゃない。

f:id:lithohati:20210125225325p:plain

「バスタブはやめる?」恐る恐るアスールは口にした。「知らない」とラランは答えた。実際知らない。そんなものはプレイヤーの気分次第だ。ラランだってアスールの言いたいことはわかっているのだ。そもそもその探偵が2人でできるものなのか、何をやるのかまるで不明。だけどこうしてエントリーされちゃったからにはやることになる。見切り発車もいいところだ。

「でも今の生活だって嫌いじゃないでしょ」というラランの言葉にアスールは頷いた。仕事に縛られているわけじゃない、数日休暇にしても構わない毎日、その気になればラランと一緒にどこへだって行ける。友達リストは動物ばっかりだけど、とても律儀な犬猫たちのことはやっぱり愛している。

f:id:lithohati:20210125210805p:plain
2人はその日、霊能探偵になることを決めた。