リソハチのシムズ4アーカイブ

「The Sims 4」PC版を遊ぶ。

霊能探偵#1:宇宙毛布はあったかい

『連邦恐怖調査局』そのエージェンシーのサイトにはそう書いてあった。仰々しい、いや、非常に胡散臭い。権威を殊更大仰に主張しているようなその名前を除けば、ページには碌な説明もない。

あなたもエリート霊能探偵員になってみませんか?あなたの力でこの世の恐怖を(少しばかり)取り除きましょう!

本気で募集しているのかも疑わしかったが、他に選択肢はなかった。霊能探偵になるにはそのエージェンシーに登録するしかないようなのだ。

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登録には『霊能探偵ライセンス』というものが要るらしい。2人はこれまで細々と貯めていたポイントをはたいて、それぞれにライセンスを購入した。こんなものを買うために貯めてきたわけじゃない。スキルアップが楽になる『学者』と交換したかった。アスールはブツブツと文句を言いながら、ライセンス購入のボタンをポチっと押した。「でもこれですぐに依頼を受けられるよ」とラランは言った。「ほら、ここに『ビギナー探偵調査』の募集について書いてある」

アスールは画面を覗き込んだ。

呪われた場所に出向いて、あらゆる手段を使い、すべての恐怖の源を取り除きましょう!

「何言ってんのか全然わかんないんだけど」アスールは呟いた。「やってみればわかるんじゃない?やってみてわかんなかったらやめよう」ラランの言葉にアスールは黙ったまま頷いた。

調査は難易度別に3種類あった。一番やさしいビギナー向けの調査では、報酬750シムオリオンと書いてある。まあまあ悪くない金額だ。2人はお金に困っているわけではない。だがリスクに見合うだけの報酬はもらうべきだ。2人は早速、夜9時半からの依頼をクリックした。これで時間になれば呼ばれる筈である。あとは行ってみるしかない。

いよいよ始まった。そう思うと、もとより好奇心旺盛な2人は気持ちが浮き立ってきた。もう自分たちは霊能探偵なのだ。

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仕事が始まるまでにはまだ時間があった。2人はクローゼットを覗き込み、この"パラノーマル"パックで追加された衣服を試着して遊ぶことにすると、それぞれに気に入ったものをいつでも着られるように手近なハンガーに移した。ラランのヘアスタイルもこのパックでチェンジできるようになったセミロングのものだ。アスールは気に入るものがなかったので諦めた。今の髪型は「生真面目」な自分に合っている。そう自分に言い聞かせた。

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「霊能探偵って感じじゃないよね」ラランが言うと「確かに」とアスールはクローゼットを閉じた。仕事に出かける時はいつもの格好でいいと思う。遊びに行くときに着よう、というアスールの提案にラランは微笑んだ。

仕事に出向く日が決まっているわけではない。気が向いた時に依頼を受け、やりたくない日は休んで構わないのだ。フリーランスの仕事で良かった。2人は今度遊びに行く場所について話し合うことにした。それから、夜に始まる仕事に備えて眠っておきたい。時間が不規則になることを見越して、2人はベッドのアップグレードに取り組んだ。器用さスキル10の2人にとっては容易いことだ。それほど時間もかからず、アップグレードは完了した。これで睡眠時間が少なくても充分な休息を取ることができる。

夜9時半ぴったりに、呼び出しがかかった。その時になって知ったが、それぞれ別の場所に派遣されるらしい。一緒に行けないなんて。2人はがっかりしたが、仕方がない。追えるのはどちらか片方。「今夜は私の仕事ぶりを見せるよ」たっぷり睡眠を取ったラランの自信ありげな提案にアスールは同意した。

ラランが飛ばされたのは小さな平屋の前だった。コモレビ山のようだ。コモレビ山ならスノーボードをするために何度も訪れていたが、このワカバ地区に踏み入れるのは初めてのことだった。たくさんの依頼の内どこに飛ばされるかは調査局が勝手に決めているらしい。アスールはどこに派遣されたのだろう。派遣先を選べるなら2人で近い場所に行って、帰りにご飯食べれるのに。ラランはそう思いながら、その家のドアをノックした。

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返事を待ってドアを開けたラランを、怪しげなマークが出迎えた。そういうことか、とラランは思った。この家は取り憑かれているのだ。自分の仕事はこういった『恐怖の源』を取り除くことである。ラランはまだ冷静だった。調査局から預けられたモップを手にすると、すぐさまそのマークを消しにかかった。

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しばらくゴシゴシ擦っていると、除霊できたのだろうか、白い煙のようなものが音を建てて抜けていき、マークは消えた。モップを与えられるなんてまるで雑用係だと思っていたが、ラランは実際に自分がお掃除屋さんにでもなったような気がしていた。霊能探偵などと名前だけはかっこいいが。ラランはすでにちょっと後悔している。

そういえばまだこの家の家主に挨拶もしていない。奥にいるのだろうか。一応、挨拶くらいはしておかないと。そう思ってもう一歩踏み出すと、今度はすぐ前の床にスライムが現れ、ラランは眉をひそめた。これも拭けというのだろうか。家の水たまりを掃除している時と同じではないか。

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憎たらしい顔のスライムを掃除していると、奥に誰かが突っ立っているのが見えた。暖簾に隠れて足元しか見えないが、おそらく家主だろう。不気味な手のようなものと向かい合っている。「何なの!?」という声が聞こえた。急いでこのスライムを掃除して、あの奇妙なオブジェも片付けてしまおう。ラランは急いだ。

オブジェはラランがその足で一発蹴りつけると、あっけなく粉々になった。すぐ横で家主と思われる女性が立ちすくんでいる。挨拶をすると、彼女はミドリと名乗った。「このところ奇妙なことばかり起き始めて…あなたならわかります?」とミドリは言った。わからないけど片付けます。とラランは答えた。

ラランはミドリの気を少しでも紛らわせようと少しだけ世間話をしてみることにした。背後を気にしながら。そう、この奥の部屋に踏み入れた瞬間、ラランは室内をふわふわ飛んでいる浮遊霊の姿を捉えていたのだ。

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会話を早々に切り上げると、一旦浮遊霊は後回しにして、先にもうひとつ見えていた手のオブジェを蹴って片付ける。そこまでやってから、ラランはその緑色の球体の方を向き、時間を使ってまずは観察してみることにした。さきほどまでの異形の数々に比べると浮遊霊はやけに可愛らしい。ラランは思わずにっこりした。

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どうやら「立ち去るよう求める」ことができるようだ。友好的に進められるならそれに越したことはない。やってみようか。そう思った瞬間、家の電気が消えた。

ラランの背筋を冷たいものが駆け上がった。

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ゴーストだ。怒り狂ったゴーストがすぐ横に現れて、ラランは思わず息を飲んだ。電気が消えたのはこのゴーストのせいだろうか。次の瞬間これまで経験したことがない恐怖という感情がラランの中で膨れ上がった。

ラランは棒立ちになったまま、動機をおさえようと必死に何度も呼吸を繰り返した。落ち着け。しかし恐怖はすぐさま戦慄に変わり、ラランはもうこの化け物たちに対して何もできないことを悟る。何かしようと思っても竦んでしまい、まるで気を向けられないのだ。こんなことになるとは。

ラランは思った。こいつらが視界に入っている限りは、何も落ち着いて考えられそうにない。そう、こういうときは毛布でも被ってじっとしているに限る。

すぐ横の階段を上がった奥の部屋は寝室のようだった。すぐそばにいる家主に断りを入れるべきかと思ったが、声をかけられるだけの余裕はもうなかった。ラランはゴーストを避けながら、さらに奥の部屋に入った。

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また何かいる!ラランは思わず体を抱えて縮こまった。何なんだこの家、化け物のオンパレードじゃないか。「難易度:やさしい」とは何だ。初めてなのにこんな恐ろしい場所に送られるなんて!

だんだん腹が立ってきた。もう知らない!もういいこんな家!仕事も何もどうでもいい!だからアスールと一緒に来たかったのに!寝てやる!ラランは震えながら化け物の横をすり抜け、奥のベッドの毛布をめくると横になりぎゅっと目を閉じた。

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毛布を頭まですっぽり被るとようやくラランは少し落ち着いて、あれこれ考え始めた。起きたら全部消えていればいいのに。だけど、そういうわけにもいかないんだろう。

霊能探偵は、片付けた恐怖の性質や数によってノルマがあり、決められた分を片付けないうちは完了しないようだった。あとちょっと片付ければ終わりなのに。すぐにでもこの横にあるオブジェを蹴り上げるかマークを拭いてしまいたい。さっきまではすぐにできたのに。ラランは歯噛みした。今は戦慄に捉えられたまま、手も足も出せないのだ。こうして毛布に包まっていても、家には帰れない。他に何か気を落ち着けられることはないだろうか。

さっきまでいた部屋から物音が聞こえる。ゴーストがミドリを脅かして遊んでいるのだ。

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ミドリの怒鳴り声が聞こえ、ラランは毛布の中で目を開けた。こうしてはいられない。依頼主が危険にさらされているのだ。そして、助けられるのは自分しかいない。少なくとも、ゴーストとは話ができるだろう。少なくとも家主を驚かすのはやめてもらおう。ラランはベッドから出ると、部屋を抜け、ゴーストと向かい合った。

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まるで話が通じない。ラランはため息をつく。せめてミドリに声をかけ、互いに励まし合おうか、そう思い畳の部屋に戻った瞬間、不意に家中の電気が点いた。

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この家のもうひとりの住人が帰宅し、スライムで滑ってひっくり返っていた。起き上がろうとする彼女を見ながら、この惨状をどう説明したものか、ラランは途方にくれている。明るくなって気づいたが、奇妙な人形が畳の部屋に増殖していた。

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いや、到底説明しきれるものではない。ラランは霊能探偵だが、専門家ではないのだ。説明が欲しいのはこちらの方だ。部屋中の人形を見て叫んでいる住人を置いて、ラランはトイレに向かった。とにかく戦慄状態から抜け出さなければ何もできないのだ。まだ時間はある。この家の者には申し訳ないが、とにかく一人にしてくれ。こっちだって怖いんだよ!

調査局には文句を言わなければならない。お前らの「ビギナー向け」の基準は何なのか、と。

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戦慄が落ち着くまで、ずいぶんと時間がかかった。ラランは何度も毛布に潜り込んでみたり(宇宙毛布のベッドの方も寝心地は良かった)もう一人の住人、モモと慰め合ったり、とにかく心を落ち着けられそうなことをありったけやった。

外が白み始めた頃、やっとラランは自信を取り戻すことに成功した。また恐怖に囚われる前に、と急いで人形を蹴り飛ばしたところで、ようやく、ようやく今日の任務が終わったのだった。

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目標をクリアした瞬間、まだこの家の中に残っていた『恐怖の源』は残らず消え去った。何と長い夜だったことだろう。

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ラランは報酬の750シムオリオンと『あなたのダリア』という人形を受け取って帰宅した。アスールはまだ帰っていないようだ。6時半には帰ってくるはずだと調査局で言っていた。アスールは大丈夫。ラランには確信がある。

『あなたのダリア』は、あの家で最後に蹴り飛ばした人形と同じもののように見えたが「あの人形とは違います」とのことだった。こちらは恐怖を植え付けてくるようなことはなく、会話することもできるようだ。ただ一方的に話せるだけだが。

アスールの帰宅を待つ間、ラランはダリアに話しかけ続けた。バスタブのこと、スノーボードのこと、お気に入りの犬のこと、そしてアスールのこと。ダリアはオルゴールのようなやさしい音色で古い童謡を奏で、ラランの疲れた心を癒やしてくれた。

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