霊能探偵#3:命を賭して得たものとは?
「それなに?」とアスールは訊いた。
向かいに座るラランの前には見たことがない飲み物のグラスが置かれている。2人とも霊能探偵の仕事を終えて帰ってきたところだ。
「だってギドリーが『魂のかけら』くれないんだもん」とラランは言った。
ここのところずっとラランは「戦慄」を凌駕するほどの「意気消沈」モードにすっかり病みつきになっていた。浮遊霊に魂の一部を差し出し、悲しみに浸りながら霊障退治することに、どこか快感も覚えてしまっていたのだろう、ラランは何度も何度も浮遊霊に魂をくれてやった。おかげで仕事は毎回スムーズ、それは間違いない。
ただそこには1つ問題があった。魂を削るほど、ラランは実際に自らの寿命を削っていたのだから。
最初にギドリーからもらった『魂のかけら』はすぐに吸引してしまった。たまに浮遊霊からもらえることもあったが、そう頻繁ではない。魂を提供することは我慢しよう、そう何度も思いながら、ラランは今日の仕事でまた魂を削ってしまったのだった。それほどに「意気消沈」状態に中毒性があるのか、若者でいられる時間にもいよいよ限界が来たことを悟り、ラランは派遣先でギドリーを呼び出したのだと言う。
これでまた魂をもらって若返ればいい。そう安易に考えてしたことだったが、ギドリーは呆れ返ったように、今度は私にも解決策はない。と言った。ラランがもらったのは「キミはもっと自分の魂を大切にするべきだぞ」という要らない説教だけだった。
「大人になっちゃう」とラランは言った。アスールは急いで「ならないよ」と答えた。老化しないことになっているのだ。そういう約束のはずだ。しかしアスールの目にも、ラランはひどく疲れているように見えた。
見た目は老けてないと思うけど、と言い訳しながらラランは既に目の前のグラスを手に取っている。アスールにはもうその飲み物が何なのかわかっていた。『若さの薬』だ。それは報酬ストアで1500ポイントもする高価な薬だった。そんなものを飲まなくてもラランはこれからもずっと自分と同じ若者だと、アスールはそう言おうとしてやめた。同じようで、同じではないのだ。気持ちの問題だ。
アスールはただ黙って、ラランがその薬を飲み干すまで見ているしかなかった。
「ほら、これでアスールと同じ歳になったよ」
アスールはもう、こんな仕事は辞めさせようと思った。お金ならあるのだ。自分の派遣先に浮遊霊がちっとも出てこないことについてアスールはずっと不満を抱いていたが、何度も老化しては若返る、そんなことを繰り返す毎日は嫌だ。
アスールは初めてラランの辛さについて想像した。いつも仕事が終わって家に帰ると、ラランは先に帰って寝ていることが多かった。目覚めるころにはいつも通りの彼女で、これまで実際に意気消沈している姿を見たことがなかったが、想像してアスールはゾッとした。何という孤独な戦いだろう。
「一旦やめよう」とアスールは言った。
途中でやめることなど良しとしないラランのことだ、まだ昇給の余地がある今、すっぱり辞めようなどという提案を彼女がそのまま呑む気はしなかった。浮遊霊も霊障も出てこず失敗続きの自分自身にも嫌気がさしているところだ。しばらく疲れを癒やしてもいいんじゃない?南の島でバカンスとかさ。なんの気なしに、そう口にした。
「人魚になるってこと?」ラランの言葉にアスールは驚愕した。そんな返事がくるとは思っておらず、固まったままのアスールに向かってラランは身を乗り出した。「確かにそれも一個夢だったよね」
そう、それは確かに2人がやってみたいことの1つだった。どうしてそれが夢のままだったんだろう。
「普通のシムではなくなっちゃうから、これまでは怖くてできなかったけどね、オカルトシムになっちゃうわけだし」念押しのつもりでアスールが言うと、ラランは何故か得意げに口の端を上げた。
「私達、今の時点でもう充分オカルトじゃない?」
アスールは笑った。確かに。もう既にただのシムではないのかもしれない。この霊能探偵ですっかり胆力も備わってしまったか、言葉にしてみればアスール自身も以前ほどの恐ろしさは感じなくなっていた。それが良いことなのか悪いことなのかわからない。
ともあれ『人魚の海藻』はすぐに入手可能だった。報酬ストアで500ポイントだ。『若さの薬』の三分の一である。念の為2つずつ入手した。「無理って思ったら戻ろう。その時の分」とラランは言った。
これを食べて24時間以内に海に入れば人魚になれる。そのはずだ。いざ、試みてしまえばあっけないほど簡単だった。
こうして2人は人魚になった。
Sulaniエリアの、四方を海に囲まれた島、誰も住んでいな砂地に小屋を建て、今日も呑気に泳いでいる。
もとの家に遊びに来ていた犬猫たちとの別れにはたくさんの時間をかけたが、蓋を開けてみれば馴染みの面子が海を渡って遊びにくるようになっていた。日当たりの良い砂地が心地よいのか、以前よりもくつろいでいるように見える。いや間違いなく以前より幸せそうだ。
美しい自然に囲まれたこのエリアで、2人は今環境保全に励んでいる。ゆくゆくはさらに南国の花咲き乱れる楽園にするのだと、そう2人は誓い合い、ゴミの片づけや火山灰の撤去などが日課となった。
霊能探偵ライセンスを手放したわけではない。今でもいつだってここを「呪われた家」にすることができるし、気が向けばギドリーやボーンヒルダも呼び出せる。ゴースト化して遊ぶことも。そして、こうして人魚になる勇気を得て南の島に来てみれば、バカンスにぴったりな衣装だってあれこれ選べるようになっていたというわけだ。
結局のところ、霊能探偵の経験はとても有意義だったと、ラランもアスールも心から思っている。
パラノーマルパック買ってよかったよね。プレイヤーも心からそう思っているよ。